人の手が生み出す個性豊かな木のオブジェ

長尾周平—Alive

Photo: Shota Kono
Text: Takashi Kato

日々のくらしのなかで木材を使った製品を見ない日はないというくらい、木は私たちの生活には欠かせないものである。だが、それは誰かがつくったものであるにも関わらず、つくり手のことを考えることは少ない。木材製品に関わらず、多くのものが人の手を介さずに生み出せる時代。だからこそ、つくり手の手わざが色濃く反映されたものに触れる喜びがあるのではないだろうか。「Alive」はひとつ一つシルエットが違う動物のかたちをした木のオブジェ。なめらかな表面はつるつるとしてつい手に触れたくなる。デザインを手がけたデザイナーの長尾周平さんに「Alive」に込めた思いを聞いた。

触れることを誘発する誰かのためのデザイン

ー長尾さんのお仕事から教えてください。
様々な領域の仕事をしています。8年ほど前に東京から生まれ故郷である福岡に家族とともに移住しました。東京にいたころは企業やショップなどのロゴやカタログのデザインなど、いわゆるグラフィックデザインの仕事が主でしたが、最近ではお店やブランドの立ち上げから携わらせていただく仕事が増え、食器や制服など、プロダクト寄りの仕事もしています。

 

ー私は長尾さんのお仕事としてはウェブサイトのデザイン、無印良品の冊子のお仕事などを拝見していたのですが、近年、平面から立体のデザインへと取り組むものの幅が広がっているのですね。

はい。お店の仕事ですと、どんな空間にするのかというところから関わらせていただくことも増えてきました。ですので何をというのは一言で表すのが難しいのですが、「デザイナー」という立場からお客様のお手伝いをさせていただいています。

 

ー移住をされてからは福岡のお仕事が中心ですか?

お会いして、リサーチをしてと、実際に関われることが大切だと考えているので、基本的には移動がしやすい九州エリアが中心になっています。

 

ー現代ではオンラインでコミュニケーションをとって仕事をすることも増えていると思いますが、長尾さんはなるべく実際に会ったり行ったりできる関係性を大切にしながらお仕事をされているのですね。

そうですね。実際にその場所に滞在をして、考えたりリサーチをすることが手を動かすことと同じくらい好きな瞬間なので、なるべく近いところで仕事をしたいと考えています。

 

ー今回DOCUの「Alive」とこれまで手がけられてきたプロダクトとはどのような関係があるのでしょうか?

ディレクターの西尾さんから最初に聞いたDOCUのお題は「誰かのためのデザイン」でしたが、普段は目の前にあるクライアントの課題解決としてのデザインが中心で、こうした自由度の高いプロダクトづくりは初めての経験だったので、これまでとは違う思考が必要でした。まず考えたのは、このテーマに対して現在の自分に何ができるのか、ということでした。

 

ー何ができるか、ですか。
はい、そうです。そして「誰か」を考えたとき真っ先に思い浮かんだのが2歳になる娘のことでした。父親という立場からこれから成長していく娘のためにデザインするのであれば必然性があるだろうと考え、そこから幼い娘が手にして遊べる玩具のデザインに挑戦したという経緯があります。

想像力を掻き立てる抽象的なかたち

ー木の玩具でやわらかくて優しいカタチにはそのような背景があったのですね。当初から動物のフォルムだったのでしょうか?

人型や植物型など複数の異なるかたちを考えていましたが、うさぎ堂さんに試作していただく過程で、最終的には子どもたちが親しみを覚えやすい動物のかたちに絞りました。

 

ー動物のかたちではあるのですが、ひとつ一つ違うのはなぜですか?

基本となる原型はヒノキ材をNCの加工機で切り出しますが、それをうさぎ堂の利用者さんが一点一点手仕事で磨いてつくっているので、それぞれかたちが違っています。

娘と遊んでいて学んだのは、子供にとってはどんなものでも玩具になりうるということです。そこから子供の想像力を膨らませることができる、抽象的なかたちの玩具をつくりたいと考えていました。

そうした中で初めてDOCUの製造先であるうさぎ堂の工場に伺った際、働く利用者さんが机を変形させるほど一生懸命に木を磨いている様子を見て、こうしたつくり手さんに協力いただけたら、自分が求めている抽象的なかたちがつくれるのではと思いました。

ーまず動物のかたちがあり、手で磨くことでこのかたちが生まれているのですね。玩具なのかオブジェなのかその境界も曖昧ですし、土のなかから出土した何千年も昔につくられたプリミティブな造形にも見えるから不思議です。2024年8月に東京で行われたDOCUのお披露目の展示会では、「Alive」を手に大人も子供も愛おしいものに撫でるように触れていたのがとても印象的でした。

実は、最終的に「子どものための玩具」という当初のコンセプトは使わずに発表することにしました。試作を重ねるたびに、このプロダクトの価値がひとつとして同じものがない造形そのもので、対象や用途を限定する必要はないと感じるようになったんです。ある人にとっては玩具で、ある人にとってはオブジェで良いと思います。子どもから大人まで誰もが想像を膨らませ、その人の生活のなかに入ってくれたら何より嬉しいです。

「磨く」ことでかたちになり、山と人の手がつながる

ーサイズ感が絶妙だと思うのですが、この大きさに至るまでサイズ違いの試作もあったのでしょうか。

大きさはつくり手である利用者さんの手のひらのなかで磨きやすいサイズ感にしています。ふたまわりほど大きな試作もありましたが、完成形をみると手の小さい子供が遊ぶには大き過ぎるようにも思い現在のサイズに落ち着きました。

ーそうでしたか。現在の大きさは、手にした時に、子供が持つことと、手のひらのなかで磨くことを誘発する大きさだと感じました。

それと、これ以上面積が大きいと利用者さんたちにとっても作業負担が増え、磨き残しが目立つようになります。そうすると職員さんの補助が必要になってくるため、利用者さんたちが思いのままに磨くというコンセプトのユニークさが薄れてしまうと思いました。現在20名ほどの利用者さんに関わっていただいていますが、磨き方は人それぞれ全く異なります。かたちを大きく削ることに長けた人はおもしろい造形を生み出す一方で、滑らかに磨く仕上げが得意でないことがあります。その逆もまた然りです。こうした特性を補完するために、磨きの作業自体は数名で分担されることもあり、プロダクトの脚の裏には加工に関わった利用者さんのイニシャルを刻んでもらいました。

 

ーつくり手の顔が浮かぶようで、このイニシャルがなんとも愛おしいですね。取り組むなかで製品の固有性とプロセスのより良いバランスを探っていかれたのですね。一方でデザイナーがかたちをつくるうえで思い描いている部分が薄れていってしまうかもしれない、という危惧はありませんでしたか?

デザイナーとしてなるべく意図通りにものをつくりたいという思いがありつつも、自分の手垢のようなものを製品に残したくない、という矛盾した思いがあって……。アートには「オートマティスム(自動筆記)」という自意識にとらわれない作品をつくる方法がありますが、そういうものへの憧れが昔からあり、「Alive」のなかに設計の巧さと偶然性のおもしろさがうまく融合してくれたらいいなと思っています。今回そのバランスをうまく保てているのは、間違いなく私と利用者さんの間に立って翻訳をしてくれている職員さんのおかげだと思います。

ーDOCUのものづくりには久万の山の木材でのものづくり、林業と福祉の連携といったテーマがありますがその部分についてはいかがですか?

実際に久万の山へ足を運びましたが、そこで育った木々が利用者さんの手にわたり、素晴らしいかたちが生まれました。そうした山と人の手が繋がるプロセスを間近で体感出来たのは感慨深いです。福祉のプロジェクトに関わるのは今回が初めてでしたが、利用者さんの日々の手仕事は子どもの創作のように無垢なようでいて、職人のような綿密さもあり、とても魅力溢れるものでした。そこには一人のデザイナーとして「憧れ」に近い思いすらあって、彼らとものづくりに携わることができて大きなやりがいを感じています。

 

ー現代ではあらゆる分野で人が関与せずにものがつくれたり、コトを行うことができる時代になりつつあります。ですが一昔前の工芸や人の手が介在する工業がつくりだすものの良さは多くの人が知っています。そこにはいま、長尾さんがおっしゃった「憧れ」のような思いは少なからず誰もが心の中に抱いていることだと思います。「Alive」をつくるプロセスにしてと、「削る」、とそれを「止める」ところに、人の感覚としかいえないものが絶妙に反映されています。これが生み出すものには、単なる機械やAIではなかなか導き出しえない魅力があるとあらためて思いました。

完成品を初めて手にした時に、つくり手と握手をしているように感じました。人と握手をした時に、握った手から無意識にその人となりを感じることがあると思うんです。利用者さんの中には言葉での意思疎通が難しい方もいらっしゃいますが、長い時間をかけて人の手で磨かれた「Alive」に触れると、つくり手である彼らと造形を通してコミュニケーションができるような気がします。それはやはり生身の人がつくっているからこそなのかもしれません。このプロダクトにはまだまだ大きな可能性があると感じており、今後もうさぎ堂の利用者さんや職員さんとのものづくりを深めていきたいと思っています。

長尾 周平

長尾美術代表。福岡県出身。2011年武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。タイポグラフィを学ぶためヨーロッパを訪問後、フリーランスとして活動を開始。2015年に東京から福岡へと活動拠点を移転。クリエイティブディレクションまで活動の幅を広げ、ロゴタイプ、パッケージ、ウェブサイトなどのデザインや、絵画、写真などのアートワークまで一貫して手掛ける。